国民投票法案と国民投票運動規制
06/4/19   船尾徹

憲法改正国民投票法案と「改憲大連合」
改憲の動きは、今、急ピッチで進行しています。衆参両議院に憲法調査会が設置されたのは2000年1月。同年11月16日憲法調査推進議員連盟は憲法96条の憲法改正手続に必要な国会法改正案、国民投票の手続を定める日本国憲法改正国民投票法案(以下、単に「法案」あるいは「議連案」といいます)を、04年12月3日には自民党と公明党がこの国民投票法案を一部修正する「日本国憲法改正国民投票法案骨子案」(以下、単に「法案骨子案」といいます)を、それぞれとりまとめています。
ひきつづいて民主党も05年4月25日に憲法調査会役員会案として「憲法改正国民投票法制に係る論点とりまとめ案」を発表しています。
自民党、公明党、民主党は競うようにして改憲案を発表し、そのために必要な国民投票法案の国会提出をめざしています。すでに「新憲法草案」を発表している自民党は、2007年通常国会に改憲案発議のために必要な制度として、この国民投票法案をこの通常国会に提出するため、4月12日自民党憲法調査会において「日本国憲法の改正手続に関する法律案骨子素案」(以下、「骨子素案」といいます)を了承し、これを基本にして民主党との協議をすすめることを確認しています。
  国民投票法案と改憲案は、改憲をめざす「車の両輪」として位置づけられ、一体のものとして進行しているのです。自民・公明両党は民主党をターゲットにして、国民投票法を成立させるための協議の場にとりこむことによって、改憲案のすりあわせのための共同作業を自・公・民の与野党一体となって進め、改憲発議を担うことのできる「改憲大連合」を構築しようとしているのです。
こうした政治的思惑・狙いを看過して、国民投票法は「手続法」であり、国民投票法案に反対する理由はないとか、国民の意思をきちんと問える「まともな国民投票法」をめざすためには、改憲派も護憲派も積極的に取り組むべき課題であるとして、国民投票法案への批判運動に消極的な対応にとどまることは、改憲阻止運動にとって大きなマイナスとなります。
いま問われているのは、「よりましな国民投票法」をめざしてあれこれ論議するのではなく、提出されようとしている国民投票法案の重大な問題点を明らかにして、このような法案を成立させないための運動を旺盛に展開することです。こうした運動の盛り上がりこそ改憲阻止運動に大きな展望を与えるものとなるでしょう。
本稿は、改憲案の内容を主権者である国民が自由に論議・判断し、その賛否についての意見を形成するうえで必要な情報がこの社会に自由に流通すること、また、改憲案についての賛否を国民にひろく呼びかける運動の自由が保障されることが原則であるとの視点に照らして、「改憲大連合」をめざす国民投票法案の多くの問題点のうち、国民主権原理に著しく反し、表現の自由を侵害する国民投票運動規制、特に公務員を中心とした国民投票運動規制についての重大な問題点にしぼって批判的に検討するものです。

国民投票運動と表現の自由
  法案は、「国民投票に関し憲法改正に対し賛成又は反対の投票をさせる目的をもってする運動」を「国民投票運動」(議連案63条1項)としています。ですから憲法改正国民投票において、改正案に賛成または反対するよう国民に働きかけるあらゆる意見表明・表現活動を「国民投票運動」として、規制の対象としているのです。
  日本弁護士連合会は、「憲法改正国民投票は、いうまでもなく、主権者である国民の基本的な権利行使にかかわる国政上の重大問題であり、あくまで国民主権の原点に立脚して定められなければならない」とする意見書(05年2月18日)を発表しています。
憲法改正というこの国と社会のあり方を決定する国政上の重大問題について、主権者としてこの国の統治過程に参加するために、憲法改正にかかわる情報の自由な交換と改憲案の内容についての賛否の意見を多くの国民に自由に発表し、知らせるための表現の自由が最大限に尊重されなければなりません。また、国民は、憲法改正についての賛否を判断するうえで必要な情報が自由に提供され、知る権利が保障されることによって、主権者としての権利を行使することができるのです。国民投票運動は自由とすることが基本とされるべきなのです。
法案は、「国民投票に関する運動については、基本的に自由であるという原則の下に、公務員のように、立場上、公正であることが求められる者の行為、国民に多大な影響を与えるマスコミによる虚偽報道等の不当な行為についてのみ、公選法にならった規制を設けている」(議連案要綱)とか、「国民投票運動の規制に関しては、基本的に自由であるとの原則の下に公正な国民投票のために必要最小限度の規定のみを整備した議連案を維持することとした」(法案骨子案)としています。
  しかし、法案の内容を仔細に検討すれば、「基本的に自由」であるべき国民投票運動の規制は「必要最小限度」とはほど遠い内容となっています。特定の候補者を応援しその当選を目的とする選挙運動とこの国と社会の基本的あり方が課題となる憲法改正の賛否を国民に呼びかける国民投票運動とは質的に異なるものがあるにもかかわらず、法案は、国民投票運動を公選法における選挙運動規制とおなじように原則禁止とするかのごとき規制の網をかけ、自由であるべき国民投票運動に対する重大な制限・規制を狙った、きわめて反民主的で、表現の自由を侵害する法案となっています。
  国民投票運動禁止・制限規定として、第1に、マスメディアの国民投票運動の禁止・制限としては、予想投票の公表の禁止(同68条)、新聞紙・雑誌の虚偽報道・評論の禁止(同69条)、新聞紙・雑誌の不法利用の禁止(同70条)、放送事業者の虚偽報道・評論の禁止(同71条)等々があり、第2に、国民投票運動を行う主体からみた禁止・制限としては、特定公務員等の国民投票運動の禁止(同63条)、一般の公務員等の地位利用による国民投票運動の禁止(同64条)、教育者の地位利用による国民投票運動の禁止(同65条)外国人の国民投票運動の禁止(同66条)、国民投票に関する罪を犯した者、公職選挙法違反により選挙権及び被選挙権を有しない者の国民投票運動の禁止(同67条)等々があります。きわめて多岐におよぶ規制の網と不明確な規定の文言をテコとして、国民投票運動を警察による捜査・監視の対象とすることにより、国民に改憲案の賛否をよびかける国民投票運動を弾圧する危険性は、きわめて高いものとなっているのです。

意見広告掲載運動に対する規制
  「戦争放棄」、「戦力不保持」、「交戦権否認」の柱からなる現憲法の核心ともいうべき「戦力不保持」「交戦権否認」を削除し、戦力と交戦権を肯定して、あらたに「自衛軍」の保持を認め、「自衛軍」(自衛隊)の海外派兵を正当化し、米軍がはじめる戦争に参戦することのできる「海外侵攻型」の軍隊として活動できる国家体制にするための憲法改正に、私たちは強く反対しています。
  このような平和憲法を全面的に破壊する憲法改正に反対するための世論をつくりあげていくうえで、多くの仲間の人々の賛同とカンパをもとにして、新聞あるいは雑誌に改憲反対の意見広告の掲載をしようとする運動はどうなるのでしょうか。
  法案は、「新聞紙又は雑誌の不法利用」として、「何人も、国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって、新聞紙又は雑誌の編集その他経営を担当する者に対し、財産上の利益を供与、供応接待等を行って、当該新聞紙又は雑誌に国民投票に関する報道及び評論を掲載させることができない」(議連案70条1項)と規定して、この違反に5年以下の懲役又は禁錮という重罰を科しているのです(同73条)。
  多くの人々から集めたカンパをもって掲載費用を支払うことが、「利益の供与」とされる余地があります。もちろん「意見広告」と「報道及び評論」とは異なりますが、その内容によっては新聞の本文にある報道・評論と区別できない「意見広告」も十分に考えられます。そうなるとこの法案を運用する警察権力の「政治判断」によって濫用され、意見広告掲載運動による国民への意見表明が、警察の捜査の対象とされる危険性を指摘しないわけにはいきません。
  法案は、改憲案に賛成あるいは反対の意見表明をして国民にその賛同を呼びかけ、支持を訴える行為に重大な規制の網をかぶせ、警察の捜査の対象にしようとしているのです。改憲案についての国民への意見表明としての意見広告掲載運動の自主規制を迫っているのです。

マスメディアによる報道・評論等の規制
憲法改正にあたっての国民の意思形成に、マスメディアのはたす役割は決定的に重要です。ところが法案は、「国民投票の公正」を確保するためとして、「何人も、国民投票の結果に影響を及ぼす目的をもって新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊な地位を利用して、当該新聞紙又は雑誌に国民投票に関する報道及び評論を掲載し、又は掲載させることはできない」(議連案70条3項)として、その違反行為には2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金としています。
「新聞紙又は雑誌に対する編集その他経営上の特殊な地位を利用」できる者としては、新聞・雑誌の記者、編集者、論説委員、経営者などの立場にある者がこれに該当しますが、「国民投票の結果に影響を及ぼす目的」をもって、改憲案の内容を分析して「国民投票に関する報道及び評論を掲載」するのは、これらの立場にある者の本来の職務です。
  もとより報道活動は、国民に報道することによって国民の意思・世論を形成するために行われているのです。「国民投票の結果に影響を及ぼさない」改憲案の報道・評論活動などありえないことです。
  法案は、「特殊な地位を利用」しての報道・評論を刑罰の対象としています。しかし、
マスメディアにたずさわるこれらの地位にある者が、改憲案について国民的な論議をよびかけるうえで必要な編集方針を立て、いろいろな視点から報道・評論をした行為が、私的な立場から「地位を利用」した国民投票に関する報道・評論なのか、公的な立場から報道・評論をしているのか否かは、容易に区別できるものではありません。
その区別についての判断をするためとして、警察機関が編集、報道・評論の過程を捜査するなどといった事態を招来しないために、マスメディア自身が改憲案についての報道・評論を自主規制したらどうなるのでしょうか。国民は改憲案の是非を判断する材料を失うばかりか、改憲案に積極的な政府・与党の一方的な宣伝ばかりが流され、世論が誘導されることになるでしょう。

虚偽報道・放送であるか否かを監視・捜査する警察
また、法案は、「新聞紙又は雑誌は、国民投票に関する報道及び評論において、虚偽の事項を記載し、又は事実をゆがめて記載する等表現の自由を濫用して国民投票の公正を害してはならない」(議連案69条)として、虚偽報道とされた報道・評論により国民投票の公正を害したときには、2年以下の禁錮又は30万円以下の罰金を科すことにしています(同85条1号)。日本放送協会又は一般放送事業者についても、「虚偽の事項を放送し、又は事実をゆがめて放送」することによって、国民投票の公正を害したときもおなじ刑罰の対象とされています(同71条、86条)。
法案には、新聞、雑誌による報道・評論の自由、放送事業者の番組編集の自由を保障するという原則としての規定を欠落させたまま、いきなり例外としての「虚偽報道」「虚偽放送」の禁止を定めています。
また、「虚偽の事項」「事実をゆがめて」「表現の自由を濫用」等々の文言については、非常に不明確な規定となっており、その運用が主観的な判断によって大きく左右される危険性のある規定です。そのため捜査の過程で警察権力によって、恣意的に判断される危険性はきわめて高いものとなっています。
  改憲案をいろいろな角度から分析して、改憲案が現実化したときに、この国と社会はどのような国家・社会になっていくのか、そのような国家・社会における国民の基本的人権と自由はどうなるのかを予測して、改憲案の賛否を国民に問いかける報道・評論、放送を行ったときに、そのような報道・評論、放送が「表現の自由を濫用」して国民投票の公正を害するものであるか否かについての判断を、警察権力による運用に委ねたときに、報道・評論、編集の自由は保障されるのでしょうか。
  現憲法の核心ともいうべき9条の「戦力不保持」「交戦権否認」を完全に削除し、戦力と交戦権を肯定して、あらたに「自衛軍」の保持を認める改憲案は、「自衛軍」(自衛隊)の海外派兵を正当化し、米軍がはじめる戦争に参戦することのできる「海外侵攻型」の軍隊として活動できる国家体制にするものであるとする報道・評論、放送をして、改憲案の賛否を国民に問いかける行為が行われたときに、このような報道・評論、放送の内容が「表現の自由を濫用」したものであるかどうかを、警察権力が捜査・監視の対象とする事態が生じかねません。
もっともこの4月12日に発表された「骨子素案」になると、以上のマスメディアに対する運動規制について、「新聞社、通信社、放送機関その他の報道機関は、虚偽の事項を報道し、又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して国民投票の公正を害することのないよう、報道に関する基準の策定、報道に関する学識経験を有する者を構成員とする機関の設置等の自主的な取組に努めるものとすること」として、刑事罰による運動規制でなく報道機関による自主的取組・基準に委ねるなどの譲歩案を示しています。マスメディアなどによる国民的批判をなんとか回避して民主党を協議の場に誘い出そうとするものです。

特定公務員の国民投票運動の一律禁止規制
改憲阻止運動にとって公務員は大きな役割を担っています。それだけに法案は改憲を推進するために公務員の国民投票運動を禁止するための大きな規制の網をかぶせようとしているのです。
法案は、中央選挙管理会の委員・中央選挙管理会の庶務に従事する職員、選挙管理委員会の委員・職員、裁判官、検察官、会計検査官、公安委員会の委員、警察官、収税官吏・徴税の吏員などの特定公務員の在職中の国民投票運動は一律に全面的に禁止し(議連案63条1項)、その違反行為は6ヶ月以下の禁錮又は30万円以下の罰金の対象とされています(同91条1項)。
国民投票の公正らしさを維持するうえで、国民投票の事務を管理する立場の委員・職員が対象となるのは理解できないわけではありませんが、それ以外の裁判官、検察官、警察官、収税・徴税の職員などの特定公務員については、憲法改正案についての賛否が問われるという国政上の最重要な問題について、その職務から離れた「勤務時間外」における市民生活の場で、一市民として意見の表明をする行為が全面的に禁止され、犯罪とされてしまうのです。これらの特定公務員が「勤務時間外」において、市民として改憲案についての国民投票運動として行われる意見表明のいっさいの行為が、何故に犯罪の対象とされるのか、その合理的理由などまったくありません。過度に広汎にすぎる禁止規制と言わざるを得ません。

一般の公務員の意見表明と国民投票運動規制
社会保険庁の職員(国家公務員)が、休日などの勤務時間外に、職場の管轄地域から遠く離れた自宅周辺において、高層マンションの集合郵便受けに、「日本共産党は憲法を大切に守りぬきます」「国の主人公は国民」「人権を大切に」「国民の生活権を守る」「私たちの国の憲法は、21世紀の国づくりの確かな羅針盤です。日本共産党は、この憲法を大切に守りぬき、政治・経済・外交・社会のすべての分野で花開かせます」と日本共産党の憲法に対する基本姿勢を紹介し、「憲法9条は国民の宝です」との見出しのもと、「改悪にはぜったい反対です」「国民の苦難の歴史と反省はこめられています」「戦争はしない」「戦力は持たない」「9条の精神でアジアと世界に働きかけます」「自衛隊をイラクの戦場に送ることは、憲法が許しません」、「憲法改悪」「ねらいは、日本をアメリカといっしょに戦争をやれる国にすることです」等々を訴えた政党機関紙号外を配布した行為が、国家公務員法102条1項、人事院規則14−7の6項7号、13号で禁止する「政治的行為」であるとして逮捕・起訴される事件(「堀越事件」)が発生しています。
国家公務員法102条1項、人事院規則14−7に規定は、「勤務時間外」における国家公務員としての地位・職務と関係のない市民としての政治的行為まで禁止し、しかも刑事罰の対象としている政治活動規制で、今日の国際社会ではわが国以外には存在しない、まことに異常な法制となっているのです。
ですから民主党の「憲法改正国民投票法制に係る論点とりまとめ案」(05年4月25日)において、国民投票運動規制・罰則は、「必要最小限にとどめるべき」として、「『規制ゼロ』から考える」「刑法、国家公務員法等、他の法律で刑事制裁が定められている行為類型については、新たに罰則を設けない」としていますが、このような世界でも異常な国家公務員法による公務員の政治的行為禁止規制をもって、そのまま国民投票運動を規制することが可能となる事態は許されるべきではないのです。このような異常な規制は改廃されるべきものなのです。
公務員が「勤務時間外」に憲法改正案についての賛否の意見表明をしたからといって、公務遂行の中立性・公正性が損なわれるとか、行政の民主的・中立的運営を阻害するいった関係にもともとないのですから、「勤務時間外」に一市民として、公務員にも政治的思想信条の自由、表現の自由を保障し、改憲案について国民にむけて意見表明をして、その賛否を求める行為は当然に許されるべきなのです。
ところが、法案は、上記の特定公務員以外の公務員(国家公務員、地方公務員、特定独立行政法人の役員・職員、公団等の役職員等)については、「その地位を利用して国民投票運動をすること」が禁止し(同64条)、その違反には2年以下の禁錮又は、30万円以下の罰金の対象としているのです(同91条2項)。
  国家公務員法の政治的行為禁止規制と比較して、法案は「地位を利用」して行われた国民投票運動に限定して禁止しているので、なんの問題もないことになるのでしょうか。
しかし、公務員が国民投票運動を行ったときに、その行為が「勤務時間外」において行われたときでも、その行為が公務員の職務・地位と関連する行為なのか、それとも市民としての私的な行為なのかについての区別・判断はなかなか微妙です。
例えば、公務員が、「勤務時間外」における出勤・退庁時間に、職場施設外の出入口付近で、出勤・退庁する他の公務員にむけて改憲案についての賛否を問う意見表明をした行為は、「地位を利用」した国民投票運動に該当するとして捜査の対象とされるのでしょうか。あるいは公務員で組織されている労働組合の集会で他の組合員である公務員にむけて、改憲案についての賛否を訴える意見表明をした国民投票運動は、公務員としての「地位を利用」した国民投票運動に該当するとされてしまうのでしょうか。また、公務員であることが地域の多くの人々に知られている公務員が、休日に地域におけるそれらの人々を聴衆とする集会の場で、あるいはそのような地域で宣伝カーで国民投票運動をしたときは「地位利用」とされるのでしょうか。また、公務員であることが地域において知られている住民の自宅を訪問して国民投票運動をしたり、地域の掲示板に改憲案の賛否について意見表明をして国民によびかける行為も「地位利用」とされるのでしょうか。
これらの国民投票運動が「地位利用」による国民投票運動か否かの運用上の判断が、公安警察によって委ねられるときには、「政治的判断」のもとに濫用される危険性はきわめて高いのです。そこで警察の捜査・介入をおそれてこのような国民投票運動を自粛せざるを得なくなります(萎縮効果)。その運動規制効果は絶大です。

教職員の意見表明と国民投票運動規制
法案は、国・公立、私立を問わず、すべての小学校、中学校、高等学校、中等教育学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校、幼稚園等の学校(学校教育法1条)の教職員、校長等は、「学校の児童、生徒及び学生に対する教育上の地位を利用して国民投票運動をすることができない」(同65条)と規定して、これに違反すると1年以下の禁錮又は30万円以下の罰金の対象にしています。
大学の教員にとって、講義、講演、研究会・シンポジウムにおいて、これまでの研究成果を踏まえて、わが国のこれからの国家・社会のあり方を左右する改憲案を分析し、賛否を明らかにした意見を学生に表明・発言する行為は、まさに本来の職務であり研究活動の一環です。ここで学生を対象にして改憲案についての賛否を明らかにした意見表明・発言が、「教育上の地位利用」をした国民投票運動として犯罪の対象とされるときには、憲法23条の「学問・研究の自由」、「教授の自由」の保障はなきに等しいものとなります。
  しかも、「地位利用」をした学生への意見表明であるのか否かについて、教育の場におけるその意見表明の内容と具体的状況が、改憲案の賛否を求めた国民投票運動に該当するのか否かを判断するために、警察権力による捜査・監視の対象にされる状況となったのでは、教員の自由な研究は逼塞してしまうのは明らかでしょう。法案は「地位利用」による国民投票運動か否かを、警察権力の判断に基づく捜査に委ねているのです。昨今の国家公務員の政治的行為の捜査・監視の運用実態をみるとき、その判断が濫用される危険性はきわめて高いとみなければなりません。
  学問・思想の自由を保障し、豊かで自由な教育のあるところに社会の進歩が生まれてきたのです。それだけに法案によるこのような逼塞された状況のもとで、改憲案をめぐっての国家像・社会像についての教員と学生との間の自由な研究・討論の機会が保障されない教育は、この社会に深刻なダメージを与えるものとなるでしょう。
「教師が政治活動への参加を禁じられた結果は、政治に対する批判意識も、その批判を行動にあらわす実践力も失われ、権威と権力に弱い戦前教師のタイプ」(宗像誠也編「教育基本法」新評論社)による「忠君愛国」の教育のもとで戦争への道を突き進んでしまった戦前の歴史の反省の上に立って、教育基本法は「良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければらならない」(8条1項)としているのです。教師自身の政治的素養・経験が、教師としての職責をはたすうえで不可欠とされているのです。
  ILO・ユネスコ勧告(「教員の地位に関する勧告」も、「教員の社会的、公共的生活への参加は、教員の人間的発達における利益、教育事業の利益および社会全体の利益という観点から、奨励されなければならない」(79項)、「教員は市民が一般に享受するいっさいの市民的権利を自由に行使すべき」(80項)としているのです。
しかし、法案は、このような歴史的反省や今日の国際常識を無視し、憲法改正という国政上もっとも重要な問題について、教員は、教育の場で学生に対して、改憲案についての賛否を明らかにした意見を発表する行為を、警察による捜査の対象にしてしまうのです。
小・中学校、高等学校における教師が、児童や生徒に国民の権利・自由に大きな影響を与える憲法改正や国民投票のテーマをとりあげて、話題にしたり検討する教育を通じて、児童や生徒に自主的な判断能力を育み、憲法の重要性を自覚させる教育が、「地位利用」とされるのでしょうか。そして、「地位利用」による国民投票運動を行っているのか否かを、警察による捜査・監視の対象とするときには、教員の「教育する自由」、子ども達の「教育を受ける権利」は侵害され、教育の場は、警察の介入・監視の目にさらされることになるでしょう。

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