弁護士9条の会・おおた
自民党新憲法草案批判
文責:長尾詩子

前文
1 「新しい憲法を制定する」と宣言
(1)変更内容
    「新しい憲法」であることを1文目に記載しています。
(2)評価
    憲法は国家権力の濫用から国民の人権を守るための法律です。現行憲法は、このような理念に基づいて、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3原則を基本原則としています。国民が主人公である民主主義政治の下ではじめて人権保障が確立し、人間の自由と生存は平和なくして確保されないという趣旨で、この3原則は相互に不可分に関連しています。
    自民党草案は、後に詳述するとおり、前文から戦争への反省を削除し9条2項を削除し9条の2で自衛軍を明記して現行憲法の平和主義を大きく変質させるとともに、国民に「責務」を課して12条・13条の「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えることで基本的人権よりも公の秩序を優先できることを示しています。このような自民党草案は上記の憲法の基本原則を根本から否定するものであり、現行憲法の理念を引き継ぐものではありません。
    自民党草案が、わざわざ「新しい」憲法と宣言した意味は、まさに現行憲法とは全く異なる理念の憲法を作成することを宣言したことなのです。
    なお、自民党は、自民党草案の制定を現行憲法の改正手続きに乗っ取って行おうと、国民投票法立法に向けて動いています。現行憲法の改正手続きは、あくまでも改正のための手続きでしかなく、限界があると解釈されています。その限界については諸説ありますが、少なくとも現行憲法と同じ理念の憲法であることが限界であるとされています。しかし、上記のとおり、自民党草案は現行憲法の3原則を大きく変質させる異なる理念の内容です。このような草案の制定は明らかに改正手続きの限界を超えるものであり、許されるものではありません。  

2 戦争の反省の欠落と平和維持の明言の欠落等
(1)変更内容
    「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」
   の文言がなくなりました。
    それとともに、「恒久の平和を念願し」「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」「われらは、平和を維持し」 といった平和維持を明言していた文言が全て削除されました。
    なお、その一方で、「国際社会において、・・・圧政や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う。」の文言が入りました。
(2)評価
    戦争の反省がなくなるとともに、平和を維持することの文言が全てなくなることは、平和の維持をやめ日本を戦争する国に変質させることを意図していると読めます。
    後述する9条2項の削除・9条の2において自衛軍を明記する等の変更からもこのような意図は読み取れます。
    現行憲法は、戦争の反省とともに戦争をもたらすことになった自由の制限に対する反省の上に立って、民主主義的な憲法を制定するという歴史認識と非軍事平和主義を謳っています。しかし、自民党草案はこのような前提の歴史認識を放棄し、その結果、後に詳述するとおり、民主主義の視点が弱まり武力による平和を目指す内容となっています。このように、戦争の反省の歴史認識の欠落は、現行憲法の基本原則である国民主権・平和主義の変質につながる重要な認識であり、単に削除したではすまされない重要な変更です。
 また、「国際社会において、・・・・」は、イラン、イラク、北朝鮮等「圧政や人権侵害」が行われていると時の為政者が評価した地域で、それを「根絶させる」ことを口実に政権を転覆させるための(軍事力行使を含めた)「不断の努力」を怠らないことを意味しています。「圧政や人権侵害」を理由にイラクへ軍事介入したアメリカ軍による軍事行動に積極的に参加することを表明しているのです。現行憲法が定める非軍事平和主義においては認められないことです。このような事態まで憲法において認めさせようという自民党草案は、現行憲法の平和主義を根本から否定しようとしているのです。

3 平和的生存権の削除
(1)変更内容
    「平和のうちの生存する権利を有することを確認する」の文言を削除しています。
(2)評価
    平和的生存権は、現行憲法の平和主義を徹底させて非軍事平和主義へと発展させ  た基礎です。現行憲法制定後に世界人権宣言や国際人権規約も同趣旨の文言を前文  に書き入れており、平和的生存権は現行憲法の平和主義を世界的に先駆的な定めと  しています。 
しかし、自民党草案が上記戦争の反省の欠落、平和維持の明言の欠落、9条2項の削除、9条の2による「自衛軍」の明記などとあわせて考えると、この削除は単なる削除ではなく国民が平和に暮らす権利を認めないものと解釈できます。
    よって、平和的生存権の削除は、現行憲法の基本原則の1つである平和主義を根本から否定するものであり、極めて重大な削除です。
    平和的生存権を認める国際的流れの中で、今、平和的生存権を削除することは世界の人権の発展の流れに逆行します。
 また、平和に関する多くの裁判、例えば現在行われている自衛隊イラク派兵差止訴訟において原告らの請求は平和的生存権を大きな根拠として行われています。平和的生存権が削除されると、このような平和に関する裁判は提訴が困難になります。
    なお、平和的生存権は長沼訴訟地裁判決においても確認された基本的人権です。「改憲派」は憲法は「古く」なったので現行憲法制定後の人権思想の進展にあわせて環境権や犯罪被害者の権利など新しい人権を定めるといい「改憲」を主張していますが、その一方で平和的生存権のような裁判でも認められた基本的人権を削除しているのであり、人権思想を逆行させようとしているのです。

4 国民の責務の挿入
(1)変更内容
    「日本国民は、帰属する国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責   務を共有し、」との文言を入れました。
(2)評価
現行憲法は、前文において国民が憲法制定権力の保持者であることを宣言することにより、専断的な権力を制限して広く国民の権利を保障するという近代立憲主義に根ざすことを現しています。この近代立憲主義により、現行憲法は納税の義務など最低限の義務を除き原則として国民に対する義務を定めていません。国民に国を支え守る責務を負わせるということは、現行憲法の根ざす近代立憲主義からは導き難いことです。
    しかも、「支え守る」とは極めて抽象的であり、国民がいかなる行為を要求されるかについて幅広い解釈が可能です。国民保護法に基づいて策定される国民保護計画、アメリカが海外で行う軍事行動への協力計画への動員を行いやすくできる。国を守ることを理由とする土地の収用や徴兵制も含まれると解釈できます。
    さらに、前文における戦争反省の削除、9条2項の削除、そして9条の2による自衛軍の明文化等とあわせ考えると、上記責務の内容は「愛情」「責任感」「気概」をもって国防の責務を負うことを要求していると読めますが、これはまさに基本的人権の侵害であり到底見過ごすことのできないことです。「戦争には協力したくない」との国民の思想・良心をも侵害することになってしまいます。
    「愛国心」および国防の責務を規定することは、戦争の反省の欠落・平和的生存権及び9条2項の削除から導かれる「自衛隊を海外に派兵し武力行使によって国益を図る国家」づくりを国民意識の側面から支えることとなります。しかも、後に詳述するとおり、自民党草案は、基本的人権を「公益および公の秩序」により制限することを認めています。基本的人権を制限しても軍事を優先することが想定されるのであり、憲法の基本原則である基本的人権の尊重を大幅に変質させることとなります。

5 国民生活よりも企業活動の利潤追求を積極支援
(1)変更内容
    現行憲法にはなかった「自由かつ公正で活力のある社会の発展」を日本国民が目  指す目的の1つとして掲げています。
(2)評価
日本経団連や経済同友会は、「自由・公正・活力」をキーワードに市場原理主義に  基づく規制緩和、弱肉強食の新自由主義政策を行ってきました。
    自民党草案が前文にこの「自由かつ公正で活力のある社会の発展」との文言を挿入したことは、福祉や公共の安全などの観点から定めてきた企業活動への制約を緩和して、より企業が利益追求をしやすい国づくりを目指すことを表しています。
    しかも、「国民福祉の充実」より前に位置づけて規定されていて、国民福祉より企業活動の利潤追求を積極支援することを明らかにしています。
12条・13条では「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」と言い換えています。上記のように企業の利潤追求を前文で位置づけられることにより、企業の利潤追求は「公益」とは評価されるようになります。企業活動の利潤追求により国民の基本的人権が侵害されることが認められることを導く前文の変更と言えます。つまり、現行憲法の基本的人権の保障を根本から否定するような内容である。
    しかも、現行憲法25条は、所得の多寡を問わずすべての国民に、国家の責任による福祉、教育、医療などの公共サービスを享受できる権利を保障し、最低限保障されなければならないナショナル・ミニマムとしての生存権を保障することを国家の責任とすることで、「福祉国家」を実現しようとしています。しかし、「自由かつ公正で活力のある社会の発展」は、国民が福祉・教育・医療など人間らしく生きていく上で必要なサービスの享受を国家の責任として求めるのではなく、国民の「自己責任」とすることによって、国民が「自ら支え守る責務を共有する」社会・国家への転換をめざそうとしているのです。「自己責任」の名の下に、福祉が個々の国民の責任となれば、福祉を受けることのできない国民は増加することは間違いありません。自民党草案は、このような福祉を受けることのできない「弱い」国民を、競争論理の下に切り捨てていくことを宣言しているのです。現行憲法の基本的人権の保障を根本から否定する内容です。

第2章 安全保障
1 第9条1項(変更なし)

(1)変更内容
 1項自体の変更はありません。ただし、第2章タイトルは、「戦争の放棄」から「安 全保障」に変更します。
(2)評価
   現行憲法は、戦争の深い反省の上に戦争を放棄して平和を維持することで安全を保 つという思想に立っています。
   戦争の反省も戦争放棄も平和の維持もわざわざ削除した上での「安全保障」は、9条で自衛軍を明記することとあわせて考えると、自衛軍をもちアメリカとともに海外進出することでの安全保障だと解釈できます。

2 第9条2項(削除)
(1)変更内容
    戦力の不保持と交戦権の否認の条項が消えました。
(2)評価
後の自衛軍の明記とセットで考えると、まさに自衛軍という軍隊をもって戦争を  行うことを宣言したと捉えられます。
    前文に「国際協調」「国際平和」の言葉は残るが、「諸国民の公正と信義に信頼」しての「恒久平和」の構築ではありません。上述のとおり、戦争の反省はなく、戦争放棄も平和維持の明言もなくなっていることに加えて、戦力の不保持、交戦権の否認の条項までなくすことは、戦争する国を作ることのできる枠組みを作っているといえます。
    1項と2項はセットです。戦争放棄条項だけでは実際の戦争を防ぐことはできません。実際の戦争を防ぐためには戦力不保持・交戦権の否認が必要です。この観点から、日本国憲法は「戦争否認の具体的な裏付けとして、陸海空軍その他の戦力の保持を許さず、国の交戦権は認めないと規定」(芦田均 1946年8月24日第90回帝国議会答弁)として1項2項を定めました。沿革的にみても、9条1項は、パリ不戦条約(1928年)および国連憲章2条本項に根拠をもつと言われ、1項だけでは必ずしも自衛戦争を含めてすべて戦争を禁止したものではないと考えられています。従って日本国憲法の平和主義は、9条2項にこそその歴史的意義と独自性をもち、ここにこそ中核的意義があるのです。実際にも、自衛権は認められるという論理で自衛隊が創設されても、2項があったから防衛費対GNP枠1%や武器輸出禁止3原則を設けることが可能になったし、1990年代以降自衛隊が無制限に海外へ派遣されて軍事行動に参加することについても歯止めがかけられてきました。
このような2項の削除は、1項の文言をそのまま残したとしても、日本国憲法が定める平和主義の先駆性や歴史的意義を無意味にしてしまいます。すなわち、後述する9条の2の規定とあわせてみるならば、2項の削除は、憲法で自衛隊を認めるということに止まらずに自衛軍がアメリカの指示のもとに自由に海外派兵できることを認めることになります。自衛軍の行動範囲や装備・訓練も、より軍隊として実際の戦争に即した内容にレベルアップするものと考えられます。日本国憲法の定める平和主義を、非軍事平和主義から軍事力による安全保障へと根本的に変えてしまうのです。

3 第9条の2 1項(新設)
(1)変更内容
「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため」の自衛軍の設置を  明文で定めています。
    自衛軍の最高指揮権者は内閣総理大臣と定めています。
(2)評価
 「国及び国民の安全」では国民より国が優先しています。
 治安維持活動に自衛軍を使用することが考えられています。
  新自由主義の暴走により「痛み」に耐えられない国民が政府に対して言論その他の手段で行動を起こそうとした時、自衛軍は国民の行動を封じ込める手段となってしまいます。
  内閣総理大臣という個人が最高指揮権者であることは政府の安易な自衛軍使用を促すとともに自衛軍の統制の形骸化を許すことにもなります。 

4 第9条の2 2項(新設)
(1)変更内容
自衛軍の活動への統制は国会の承認その他の統制に服するとして、統制の仕方は  立法事項と定めました。
(2)評価
国会の承認は事前承認に限られず事後承認も可能です。文民統制できず、自衛軍  を野放しにしてしまう可能性があります。
    「国会の承認その他の統制」としており、国会の承認に限定されていません。こ  れでは、自衛軍の活動に対する統制を非公開の場ですすめることが可能になります。

5 第9条の2 3項(新設)
(1)変更内容
自衛軍の活動を、法律の定めるところにより、「国際社会の平和と安全を確保する  ために国際的に協調して行われる活動」「緊急事態における公の秩序を維持し、又は  国民の生命若しくは自由を守るための活動」としています。
(2)評価
「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」との自衛軍の活動範囲の定めは、自衛軍の海外における軍事活動の無制限な容認につながります。
   「改憲派」には、国連憲章で認められる場合や国連安保理の決議に基づく場合に限定することで自衛軍の活動をコントロールできると主張する人たちがいます。
    国連憲章は、「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為」に対しては、第41条でまずは非軍事的措置をとるとした上で、「第41条で定める措置では不十分であろうと認め、又は不十分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な」軍事的措置を定めています。つまり、国連憲章は、明文で@非軍事的措置では不十分である場合にA必要な限りでの軍事的措置を認めているのです。
    しかし、自民党草案は、このような国連憲章の定める条件を全く明記していません。つまり、本条項では、国連憲章に規定する場合に限らず、自衛軍が活動することができるようになります。   
    また、自民党草案は、明文上、自衛軍の活動に国連安保理決議を条件としていません。ですから、国連安保理の決議もなしに行われる軍事活動にも参加できることとなります。
    したがって、本条項では、自衛軍は、国連憲章に基づく軍事的措置への参加に止まることなく、国連安保理の決議に基づいていても集団安全保障措置とはいえない多国籍軍の活動(Ex湾岸戦争)や、国連安保理の決議もなしに国際社会の平和と安全のためと称して行われる個別国家の軍事活動(exイラク攻撃)にも自衛軍が堂々と参加できることとなるのです。
   さらに、「自衛隊」ではなく正式に「自衛軍」として参加するのですから、現在のような「後方支援」にとどまらず、米軍と一体となって世界規模での戦争行為に積極的に参戦することを容認することにつながります 
さらに、自民党試案には「国際社会において、・・・、圧制や人権侵害を根絶させるため、不断の努力を行う」とあります。「圧制や人権侵害」はアメリカが「大量破壊兵器の開発」を口実にイラクを先制攻撃しながら見つからなかった時に持ち出した「フセイン政権は、人権侵害、少数民族の抑圧をしている独裁政権であり、これを民主化する」との理屈と同じです。 
「公の秩序維持」に関する活動については、上記同様、自衛軍による治安維持活動を予想した規定と読めます。

6 第9条の2 4項(新設) 
(1)変更内容
その他の自衛軍の組織及び統制に関する事項は立法事項としています。
(2)評価
   自衛隊の統制について全て立法事項となると、国会で直接に国民の意思を問うことなく「法の支配」の例外が設けられてしまいます。

第6章 司法
1 第76条3項(新設)

(1)変更内容
    下級裁判所として軍事裁判所の設置を定めています。
(2)評価
    軍事裁判所の設置を認めれば、上訴は保障されるものの軍事に関する全ての裁判の第1次裁判所は軍事裁判所になります。
    自衛軍を認め、軍事行動を認める以上、軍事機密法や軍刑法など、軍事法制が整備されることとなるでしょう。上訴は保障されているといっても、現在の裁判制度においては一審は非常に重視されている実情があることや軍事裁判所が上記軍事法制を専門に扱う裁判所となれば上訴審の裁判官は専門裁判所の判断を尊重して一審の判断を覆すことは控えるようになると考えれます。そうなると、ひいては、第2次世界大戦前の軍法会議が復活するのと同様の事態になってしまうおそれがあります。
    軍法会議においては、裁判官は判士(将校)と法務官でしたが、判士が中心に進行を進めていました。また、上訴は例外的な場合にしか認められませんでした。軍事上の利益を理由に非公開となることもありました。このような軍法会議が認められることになれば、法の支配と司法の独立の例外を大きく認めることとなってしまいます。 
    軍事法規の厳格な実施を確保するため、軍人だけではなく、国民保護法などの有事立法によって軍事活動に動員された一般の公務員や民間人の法規違反もここで裁かれることとなります。法の支配と司法の独立の例外は、軍人だけの問題ではなく、国民全ての問題であり、ひいては基本的人権の保障に失することにもなりかねません。 

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